カーネーション25

ねえニノっ何だよ

ここ分かんない!教えて

またかよっ

付属大や短大へ推薦枠での進学だったり専門に行くような俺らのクラスでも、さすがに期末くらいは頑張らなきゃって焦り始める。

例に漏れず俺もそうちの一人で、意外と頭の良いニノに勉強を教えて貰いながらノートやプリントとにらめっこする毎日が続いていた。

ぅわーーーーーっもうイヤだぁっ

頑張んないと追試になるよ?

うーー、それもイヤだっ

大体、なんでわかんないの?授業で言ってたことそのまんまじゃん

はっ

なんだよ?

一回聞いただけのこと覚えてんの

あー、そういえばあの時こう言ってたなーくらいにはね

俺、聞いたかどうかさえ覚えてないっ

畜生っ、ニノめ実は天才だったな

いつもあんなに一緒に遊んでるくせに、テストの点数はいいしおかしいと思ってたんだよ。

ふくれっ面でニノを見ていると、背中にふわっと感じる温もり。

一瞬だけ期待して胸が鳴る。

だけど、直ぐに判っちゃう。

翔ちゃん

当たり。見てもないのによく判んな

えへへー、匂いで判るっ

犬かよ

違うしっ。ニノのことだって判るよ

やっぱ犬じゃん

だから違うってばそういう匂いじゃなくってぇ何て言うの?判るだろっ

全っ然

もうっ

そんな言い合いをしている俺達をいつも通りに笑って見ている翔ちゃんは、俺の肩に顎をのせて後ろからぎゅううっと抱きしめている。

翔ちゃん、あっつい

俺もあっつい

二人とも暑がりな汗っかきのくせに、なんでいつもくっついてんのよ?

え?だって気が付いたら翔ちゃんが後ろにいるんだもん

雅紀い〜匂いだし、この細い腰が堪んねえんだよなあ

変態かっ

失礼なっ。違うわっ

笑いながら繰り広げられる会話。

確かに翔ちゃんはよくこうやって俺にくっついてくる。でもそこに存在するのは特別な感情ではなく、明らかに友情だ。

ニノだって毎日のように背中に飛びついてくるし、結構男友達と触れ合う機会は多いと思う。

でも時めいたりはしない。

ごく普通の行動。

でも、先生は違う。

ちょっと手が触れただけでも熱くなって、ドキドキと心拍数は上がりだす。

水から出た魚みたいに、上手く呼吸が出来なくて苦しくなってくる。

またぼーっとしてる

へっ

前からそうだけど、ここ最近特にうわの空だよね、まーくん

なな何でもないよっっ。ニノだって最近やたらと機嫌いーじゃん

はっ何で俺にふるんだよっ

おー?二人揃って恋でもしてんのかあ?

ばっ違っ

翔ちゃ、何ゆってっ

なんでそんなに焦ってんの?

結局、ニノと翔ちゃんのW天才家庭教師に手とり足とり教えてもらい、俺はテストに出そうな所だけをなんとか理解した。

終わった二人ともありがと

テストまでに忘れんなよ?

う多分、だいじょーぶだとおもふ

しっかりしろよ

結構遅い時間になったかなって思っていたのに、学校を出るとまだ空は明るくて、日が長くなっていることを改めて感じる。

もう夏だなあ

うん

高校最後の夏か

ヤダもう翔ちゃんっ、最後とか言わないでよっ

はあ?だってそうだろ、女子かお前は

雅紀ぃっ!もうもう超可愛いっ

ちょっ翔ちゃん苦しいっ

母さんに頼まれていた買い物をして帰るからって二人と別れて、一人夕暮れの道を歩く。

最後の、夏

そうだよね。卒業したら皆それぞれの道に進んでいって、逢えなくなる奴だってきっといっぱいいるんだ。でもまた新しい出逢いもあって、人生ってそうやって別れと出逢いを繰り返すものなのかもしれない。

先生とだって、逢えなくなるんだよね

学校にいれば、必ず逢える。

話せなくたって、何もなくたって、遠くから見ることは出来るんだもん。

でも卒業したら、どうやって逢えるの?

連絡先も知らない。友達でもない。先生と生徒の関係でさえなくなる。

それなら今年は、先生と過ごせる最後の夏。

最初で最後の、夏。

見上げた空の遠くの端がほんの少しだけオレンジ色に染まっていて、凄く綺麗だった。

用事を済ませて立ち寄ったコンビニ。

暑いし、胸の奥のモヤモヤを吹き飛ばそうってアイスを見ていた。

あ、これすっげぇハマってたアイスじゃん。そういえば最近食べてなかったなあって手に取ろうとすると、いきなり横から伸びてきた手にさらっと奪われる。驚いて顔をあげるとそこにいたのは先生だった。

今日は譲ってくんないの?

センえっ?

何のことだかわけが判らずに焦りまくっていると、先生はふわっと笑ってポンポンって頭を撫でた。

?。今日は買ってあげる

レジに向かって歩いていく先生の背中を、只じっと見詰める。

え?何なに?今日はって、ええっ

俺バカだから直ぐに忘れちゃうんだけど、もしかしてもしかしてだよ?

俺、何処かで先生と逢ったことが、ある?

ほら、行くよ?

ぐるぐるぐるぐる頭の中で?マークが回って周りが見えなくなっていた俺は、先生の声ではっと我に返った。

視線の先には、レジ袋片手に振り返る先生。

その姿と表情とが余りにも綺麗だったから、夢のようにその侭ふっと消えて仕舞いそうな気がして、何故だか急に泣きたくなったんだ。

そんな不安を振り払うように頭を振って、入口に向かう先生を追いかけた。

二人して歩く夕暮れの道は、今日は何故か驚くほど静かで、必要以上に緊張する。

あのっ

あーあ、浮気されちゃった

やっぱ若い男には敵わないかあ

振り向いて意地悪そうに笑う先生。

櫻井君にヤキモチやいちゃう

え、あ違っ翔ちゃんは友達で、えっと、そのいつもあんなだからっ?う、浮気って、そのあのっっ

そお?べったり抱かれてたじゃん?

抱かっっえっ、ヤダもっ、違っそんなんじゃっ

ウソウソっ見てたのっ

しかも浮気って、ヤキモチって

それってそれってなんかっっ

恋人、みたいじゃない?

愛されてるみたいじゃん、勘違いしちゃうよ。

先生の手が、頬に触れる。

ほらもうそれだけで、ドキドキする。

俺だけの相葉君だと思ってたのに

か、からかわないで、よ

必死で普通を装って答えるけど、眼が合わせられない。

からかってないよ?

う、嘘つきっ

ホント

駄目だもう。顔が、あっつい。

真っ赤になってる

なってないもんっ

可愛い

バカっ

もう恥ずかしいやら嬉しいやら、わけがわからなくなってパニック状態。

先生の冗談を真に受けちゃ駄目って、そんなの判ってる。だけどだけどっ

先生、ズルいっ

なんで?

なんでもっ

アイス食べる?

うー食べるっっ

あ。怒ってる

怒ってないもんっ

俺は先生の言動に振り回されて気持ちを掻き乱されてばかりいるのに、先生はいつでも余裕な顔して笑ってんだもん、ズルいよ。

口惜しい。

自分が子供なのが。

先生が大人なのが。

すっごくすっごく、口惜しい。

でも、仕様が無い。

好きに、なっちゃったんだから。

あーあ。

こうなったら、とことん甘えてやろう。

何にも知らない子供の特権をフル活用して、我侭言って甘えてやるっ。

いいでしょ?それくらい。

ねね、センセ。食べさせてくれるの?

アイス?

そう。あーんって食べさせて

そっちの食べさせて?

そう。他に何があるの?

何処で?

先生の家。駄目?

いきなりこんな我侭を言う時、先生はちょっとだけ無口になって困ったような顔をする。

でもそれは本当に困っているっていうより照れている感じで、何だか可愛く想えてくる。

ホント悪い子だね

え、なんで?

直ぐ誘惑する。悪い狼に食べられちゃっても知らない人よ?

先生がオオカミ?

世の中にはいっぱい居るの、狼さん

そうなの?

先生は真剣に聞き返す俺の肩に手を置いて、はあーーって大きな溜息をついた。

そして俺の手を掴んでグイグイ引っ張って歩き出す。

如何なっても知らねえからな

うん

俺の獲物だから。誰にもやんねえ

うん

絶対だよ?誰にも奪わせないでね。

俺だけの狼さん。

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